2005-01-01から1年間の記事一覧

首のない裸体―――あるミシマ論のための草稿―――

仮花愛盗禁鏡潮金美永獣美近午宴音真青 この文字列が何に由来するかおわかりだろうか。署名も脈絡もないのに、それが誰の言葉なのかを読む者の意識に強力にかきたてずにはおかない十八文字。朱色の背表紙を持つある文庫本を片手で折り曲げるように撓らせると…

速度の現前

Webを覗いていると、ミース・ファン・デル・ローエがデザインした椅子に腰掛けてオペラを鑑賞しているところだ、なんていうご機嫌な日本語に出くわしたりすることもあって、ドイツから摩天楼の合衆国へ渡ったあの伝説的なガラス高層ビルの建築家の人気は、こ…

アカシアの花束

文壇というものが今もあるのか、あるとしてどこへ行けば見つかるのかは知らない。ただ月刊や季刊の周期で世に出るわずかな数の文芸誌に目を通していると、このさして広くない空間から出られそうもない類いの言葉の綾が複雑に絡み合って固着しているのが見え…

バザールの歩き方

ABCとはさまざまな物事の初歩を示す言葉だが、ネット人口が今よりずっと少なかった二年前に、やはりネット上の初歩的な言動マナーをめぐってABC三者の功利的バランスを測定する思考実験がwebで流行したことがあった。 「ネット上の往来の少ない場所で…

フラミンゴ渋滞

第二次大戦後に「ナチスの美神」としての象徴的な罪を背負い、コクトーとの共同制作を含むすべての映画の企画を握り潰されて、中傷と誹謗の泥の中を這いずり回っていたレニ・リーフェンシュタールを南方の灼熱の大陸に招き寄せたのは、アフリカの雄大な自然…

竜頭をひねる

日本が北朝鮮の工作員に占領されるという村上龍の新しい小説を読んで、とうとうあの永かった占領が終わったのだという感慨を深くした。占領によって占領が終わった。意味のもつれたこの短文の彼方には、陽当たりのいい文学史のメインストリームにありながら…

狂った果実の行方

「59年の犬」を探し回った先が半世紀近く前の時代だったせいで、右も左もわからないとまではいかないものの、予想もしない史実に突き当たって危うくおでこをぶつけそうになることがあった。石原慎太郎と大江健三郎が「若い日本の会」で政治的に連帯していた…

硝子の雨

誰かに教えてもらった他愛のない話。日本語の話せないフランス人が皆「お菓子をちょうだい」という子供じみた催促を覚えて、この極東の異国にやってくるという噂を小耳に挟んだことがある。Donnez moi un gateau.とフランス語でおねだりすると、日本語の「ど…

文豪と水道

近隣の水辺を再生してそこに蛍や鮒を呼び戻そうという活動が、日本のあちこちで盛んになっているらしい。こうした自然回帰の動きは東京などの大都市でも進行しており、都市の再生を掲げた都市計画論が書店の一角を賑わせたりもしている。 中でも、石川幹子『…

59年の犬を探して

『革命的な、あまりに革命的な』を知的興奮をもって読了したからといっても、これらの史実が自分の生年以前の過去のものだということを忘れるほど冷静さを失ったわけではないし、かといって現在著者が形成しているだろうある党派に追従しようと思い立ったわ…

『革命的な、あまりに革命的な』

現在『LEFT ALONE』という映画が全国を巡行しつつ公開されているが、その出発点となった絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』は、内ゲバを含む思想史論的な劇物と革命への執拗な情念が填まった刺激的な書物であり、それゆえ読み手に慎重な取り扱いを要求す…

ぼくがまだ学生だったある日の夕刻、大学から自転車で下宿に帰ると、玄関先で何かが硝子の破片のように光ったのが目に入った。手にとってみると、それは硬貨よりも小さい昆虫で、黒い楕円の体の尻を鮮緑色に明滅させている。螢を見たのはそれが初めてだった…